【Voicy文字起こし】「児玉健の遊び人トーク」#13 誰かの願いが叶う頃あの子は泣いている|要はオモロイかオモロクないか
Voicyで配信されている児玉健さんの「児玉健の遊び人トーク」より「#13 誰かの願いが叶う頃あの子は泣いている|要はオモロイかオモロクないか」(2月6日公開)の文字起こしです。
Text by ふじわらよしと( @FujiwaraYoshit0 )※加筆、修正、太字等の編集をしております。
実際の声は良いよ〜
アプリは良いよ〜
#13 誰かの願いが叶う頃あの子は泣いている
「児玉健の遊び人トーク」ということで、今日は何を話しましょうかね。僕、本当に一発撮りでやってるんで…聞き直しはするんですけど、聞き直して編集をするわけではないので、なかなか聞き苦しかったり変な口癖が出てると思いますけど、どんどんトーク上手くなっていくんでゆっくり聞いてください。
アクションを起こす
ということで最近、質問を受け付けることが多くなって、思ったより皆さん新しいことへのチャレンジについて躊躇するとか、そういう質問が来るんです。どうしたらいいですかみたいな。もちろん誰でも躊躇してしまうんだけど…もういいかな、背中を押して欲しいのかなと思うときもある。
僕はそういう質問をTwitterとかで見せることによって、みんなこう考えてるから別にあなただけじゃないよ。やっちゃったらいいんだよって共感できることはあると思うんですけど、共感してるだけじゃダメ。やっぱりアクションを起こさないと何も起こらないので。
オモロイかオモロクないか
ちょっと話は変わっちゃいますけど、そもそもって時間って有限じゃないですか。お金は有限とか無限とかもあるんですけど、絶対的に有限なのは時間であり、全部ができるわけではない。人生においてできないことの方が多いわけじゃないですか。経験できないこともいっぱいあるし。人生の限られた時間の中でどんなことをして楽しむのが楽しいのか。
オモロイかオモロクないかって僕は言うんです。オモロイかオモロクないかで判断するのは大事だと思ってて、僕は迷ったときにそれを指標に動くことが多いんです。会社を辞めるときも6年勤めた会社を辞めたから、辞めるときには引き止められましたし、先を何も考えてなかったから不安はあったけど…躊躇をしてたわけですよ。
どうしよっかなー。やっぱりこっちに残るとこういうポストをもらえるし。発言権も多くなるだろうし。毎月安定するし。とか思ったけど、逆を考えたときに、新しいことができるかもしれないし何もないかもしれないっていう。
飛び出す勇気みたいなものがいったときに、背中を自分で押すしかなかったんです。その押した言葉が…どっちがオモロイかオモロクないかで考えたときに、やっぱり辞めた方がオモロイかなと思ったんですよ。辞めなくてもオモロかったと思うんですけど、見えてるおもしろさだったんで。たぶんこうなってこうなってこうなるんやろなぁと思って。
30歳でゼロからやってみる
でも辞めたときは、どうオモロくなるか全く分かんなかったんですよ。僕そんとき人狼もけん玉もボードゲームもやってないから、娯楽とかに関して詳しくなかったし、人並みだったし。けど不動産屋を辞めたときに急にゼロになって、もう1回30歳からゼロからやってみるっていうことは、すごいおもろそうだったんですよ。それってすごく大事かなって今更思うんですよ。
本当にあそこで辞めたことを今は全く後悔をしていないし、すごい決断をパッとしよったなって思うぐらい。あのときの自分を褒めてあげたい。自分のコンパスというか…オモロイかオモロクないかで辞める。30歳の結婚してる人間がおもろいかおもろくないかで会社辞めるなんてあかんって言われるけど、そんなことは全く無くて、自分の人生の使い方は自分で決めるべきだし、そのときに決断できたっていうの本当に今も誇らしい。
今より弱い自分だったし躊躇する自分だったけど、飛び出してみて本当によかったなと思う。本当に困った時とか、オモロイかオモロクないかで決めた方がいいと思うんです。
やらない理由はいくらでも思いつく
でも、全てのことはできないから、言い訳をしないというか僕がやりたいことをやる。もちろん予定が入って、これやりたかったけどできないってなったりしたら残念なんですけど。でも予定が入ってるって事はそっちを優先してるわけだし、もちろん可能か不可能で言うと約束をブッチしてやりたいことをやるっていうことはできるけど、それができないっていうのは結局そっちを選んでるわけだし。やりたいのにできないっていうのは言い訳で、やろうと思ったらやれる。
ニューヨークに行きたいなぁじゃなくて、行けるんだから行くしかないんだよ。行かない理由はいくらでも見つけれる。言い訳ってやる理由の10倍ぐらい考えられるわけですよ。天気が悪いから始まって、気分が乗らないから、お金がないから、会社があるから、仕事があるから。
みんなは毎回何かを取捨選択してるんです。その取捨選択に責任を持った方がいいと思うことも多くて、誰かを幸せにするっていう事は誰かを不幸にしているし、誰かと遊ぶということは誰かと遊ばないっていうことだし。それは何でもそうだよね。
時間が有限な中でけん玉をやると、別ななにかをやるって事は出来なくなる。そういう意識を持ってひとつひとつのチョイスをしっかりとする。決断をするということに自信を持てば、あれ行きたかったのになっていうのはあんまり考えない。
だから、なんちゃらだったのになーっていうのは、悔しいとか残念はあるけど後悔になっちゃだめやからね。恋愛だってそうだし、仕事だってそうだし、知識だってそうだし、娯楽だってそうだから。誰かを好きになるっていうことは、その人以外を愛さないもしくは他の自分のことを好きな人を断るという行為にもなるし。仕事だって、いろんなおもしろい仕事がある中で、全部できるってことはないし。予定もそうですし遊びもそうです。
けっきょく選ぶんだったら、おもろいかおもろくないかで判断すべきかなって思うんですよ。先を見ることがあまり好きじゃなくて…もちろん先を見据えて働いてますけど、先だけを見据えてわかったような気持ちになってて、あれはこうなるからこれはあかんよとか。性に合わないなと思っています。
決断する修行
僕は会社を辞めて1年以上フリー…何もしてなかったんですけど、毎日が決断の連続だったんです。決断をする、誰かに誘われたら行くか行かないか決める。どういうことを勉強するか考える。全て決断をすぐにしないと一日が過ぎ去ってしまう。
1年間まるまる休んでみ。30歳で1年間毎日何もすることなかったら、何かやりたくなる。腐ってる時期もあるけど、1年間も人間腐れないないからね。おもしろい決断をするようにになるし。決断する癖がついた。あの1年は無駄じゃなかったなって思う。決断を毎日するっていうこと、おもしろそうなことをチョイスしていく事っていう修行にはなってたかなと思うんですよ。
なんか難しいですね。この垂れ流しな感じ(笑)分からんかもしれないけど、こういう考え方もあるよってことを、ぜひぜひ共有してくれると嬉しいなと思います。これからも Twitter とかでぜひぜひ応援して、リツイートしてVoicyをたくさん聞いてください。今日もありがとうございました。